うつわの時点でカワイイ、群馬県の「美味しい」が詰まった料理を食べて……
開放的な窓からの眺めが最高な大きな湯船に浸かり……
そして風呂上がりにはビールをぐいっと飲み干す……!
あ〜〜〜!なんて素晴らしいんだ!温泉ってやつは!!!
……すみません、取り乱しました。いま私たち取材チームが訪れているのは、磯部温泉にある旅館、「舌切雀のお宿ホテル磯部ガーデン」です。
あまりに建築がデカいので、「磯部温泉といえばこの旅館」というイメージを持つ方も少なくないのではないでしょうか。もちろん磯部温泉には他にも素晴らしい旅館がたくさん存在するのですが、磯部ガーデンが一番有名なのも事実。
聞けば、他の温泉地と比較してもかなり規模が大きい旅館なのだそうです。やばすぎ。
そしてこちらの方が、今回インタビューさせていただく櫻井太作(さくらい・たいさく)さん。磯部ガーデンの代表取締役社長をつとめています。
磯部ガーデンの創立ストーリー。巨大な旅館を先代から受け継いで現在の姿に昇華させるまでの生い立ち。その法被にも刻まれている「舌切雀のお宿」の由来。なにもかもが気になります。さっそくお話を伺っていきましょう〜!
磯部ガーデンの原点は140年前!
──本日はよろしくお願いいたします。まずは磯部ガーデンの創立についてなんですが……
「まあまあ、とりあえず昼メシでも食おうよ。もしかして食べてきた?食べてないでしょ?」
──は、はい、食べてないです。
「うん、じゃあ決定。今井食堂でいいよね?」
「ここは近いからさ、すごい頻度で来ちゃうんだよね。おすすめは五目あんかけ焼きそば。何にする?」
──いいんですか…!では五目あんかけ焼きそばでお願いします。
「はいよ。すんませーん!五目あんかけ2つ!」
「で、なんだっけ?創立の話か!われわれの家は、代々このあたりの庄屋(土地の役人)をつとめている家でね。旅館業を会社として行う前から人々を泊めていたらしいんだよね。」
──ということは、磯部ガーデンは昔から櫻井家によって経営されている、ということでしょうか。
「実は厳密には『櫻井』家じゃないんだよね、それが(笑)。『大手(おおて)』家っていう家だったんだよ。大手拓次っていう詩人が先祖で、俺のおじいさんのおじいさんとかに当たるのかな。」
──もとは大手さんという家だったんですね…!それがなぜ、櫻井さんになったのでしょう?
「当時は戦時中。そこで『長男は兵役しなくてもよい』っていう国のルールがあったんだよね。自分の子供が徴兵されるのを嫌がった先祖が、子供のいない下仁田の親戚の家に送り込んだのよ。ここんちの長男ですって(笑)。つまり、兵役逃れだよね。」
──その親戚が「櫻井」だったということですね!
「そういうこと!それで、大手家に残っていた長男のほうが具合を悪くしたもんで次男が下仁田から帰ってきて、櫻井姓が磯部の地に登場したわけだ。
それで、最初は磯部館ってのを始めて、その別館として磯部ガーデンをオープンした。磯部ガーデンだけで言えば88周年だけど、根っこから数えたら140年くらい続いてることになるね。」
「舌切雀のお宿」を名乗るワケ
──すごいドラマですね…!ところで、なぜ「舌切雀のお宿」なのでしょうか?
「明治の文豪に、巌谷小波(いわやさざなみ)っていう方がいてね。児童文学の生みの親って言われてるすごい人なんだけど。彼が磯部温泉に泊まったときに、『ここを舌切雀の発祥地だ!』と定義づけたのが始まりだね。」
──舌切雀、という伝承自体はもともと存在していたわけですか?
「そう。だけど巌谷小波先生は、磯部に住む多くの人が舌切雀の言い伝えを知っていたことに驚かれてね。ここにはずいぶんと伝承が濃く残ってるなという話になって、磯部こそが発祥の地と考えても問題ないねと。」
──たしかに磯部は旅館が多くて自然が豊かだから、本当にその可能性がありますね。
「それで、磯部館別館という名前も味気ないから、『雀のお宿』というキャッチフレーズをつけることにした。本当にありがたいことだよね。」
──ロビーの「サイボットシアター」も拝見しました。これ、なかなかの予算じゃないですか?
「うーんと、たしか合計で1億3000万円くらいだったかな。」
──いちおくさんぜんまん!?
「最初に作ったときが8000万円、一度耐震のために完全リニューアルして5000万円。ほら、バブルだったから(笑)。
先代である母が、『雀のお宿と言ってもらったからには』と導入を決めたの。温泉って昔は療養の場所だったけど、今は元気な人が来るじゃない。元気な人が来るなら楽しいほうがいいじゃん!ってね。湯もみショーみたいな感じ(笑)。」
自分ひとりでも、やるしかない。
──そういえば、磯部に関するグッズも多数作られていますよね。
「『おちゅん』と、温泉マークのグッズをたくさん作ったね。となりの西洋亭で提供してる『温泉マークカレー』の型も粘土で作ったし。しかも、こういったグッズの開発費用はほぼ自腹(笑)。」
──ほんとうに、何から何まで1人で作られてるんですね…。
「もちろん周りの人の協力あってのことだけどね!たとえば、磯部せんべいのキャラクター『いそせんくん』は、裁縫が得意なおばちゃんに5万円で作ってもらったんだよ。ほんと素晴らしいよね。」
──ちょっと働きすぎじゃないですか?どうしてそこまで出来ちゃうのでしょう。
「実は、自分が高校一年生のときに父親が亡くなっていてさ。母親が継いだけれども、やっぱり母親ひとりでは大変だから、長男の自分が旅館を守らなければって思ったんだよね。末っ子長男なんだけど(笑)。
そこから覚悟を決めたんだよね。誰も手伝わなくても、自分ひとりでも、やるしかないと。やる以外に選択肢は無かったんだよ。」
──旅館のお仕事については、どこかで学ばれたのでしょうか?
「すぐにでも継ぐつもりだったんだけど、大学は出とけ!って言われて4年制の大学を卒業したんだよ。そして建築会社で2年働いた後、いざ旅館に勤めようというところで関西で震災が起こっちゃって。仕方ないからホテルの専門学校に入って、そのときに下呂温泉で修行したんだよね。」
──家業を継がれたのは、いつごろになりますか。
「35歳のときかな。まずは『磯部館』の社長として始まった。そこから11年間、無事に経営してきた自分を褒めたいね。旅館って施設が資本だからずっと修繕しながら営業するわけだけど、建物が大きいから本当に大変で……」
──修繕費がとんでもないことになりそうですね。
「それもそうだし、自分で直しちゃうことも多いんだよね。大学で建築を学んでた関係で、そのあたり詳しくてさ。群馬で一番、旅館の設備に詳しい若旦那だと思うよ(笑)。」
──ご自分で直すんですか!?やっぱり働きすぎですって!
「真冬にボイラーが壊れたときは薄着のまま飛び出して直しに行ったこともあるし、お湯が出ないとか、ちょっとここの調子が悪いとか、自分で出来ることは全部やっちゃうね。
旅館のすぐ横に住んでるから、夜でも休みでも行けちゃうの。だからこそ呼び出されるんだけど(笑)。でも、これも社長としての大事な仕事だと思ってるよ。」
小さいけど、キラリと光る温泉地に
──これからの磯部温泉を、どんな風にしてゆきたいですか。
「やっぱり磯部は全体的に縮小しているから、歯止めをかけたいとは思ってる。小さいけど、有名じゃないけど、キラリと光る。わざわざ足を運びたくなる。そんな温泉地を目指したいね。」
──そのために大切なことって、何なのでしょうか。
「まずは当事者である我々が旅館としてちゃんと売上を上げることが大切だよね。その次に、グッズやイベントを企画したり、広域観光を提案してみたりすると。」
──まずは自分たちが稼ぐ。大事なことですよね…。
「観光事業って基本的には投資から始まるからね。まずは稼がないと、商売がうまく行ってないと携わるのが難しい。
観光の仕事って一見きらびやかに見えるけど、実は泥臭い世界なんだよね。これからも旅館と観光の両輪で、真面目にやっていくつもりだよ。」
「舌切雀のお宿ホテル磯部ガーデン」のオススメポイント
ここからは、磯部ガーデンに宿泊した筆者がオススメのポイントをご紹介していきます。
まずは磯部温泉名物ふわふわ豆腐!磯部ガーデンでは朝食バイキングで食べることもできますし、夕食につけることもできるようです。
通常の湯豆腐は茹でると硬くなってしまいがちですが、磯部の温泉成分が入ったこちらの豆腐はとにかく柔らかい。鍋でグツグツ煮込んで、薬味と一緒にいただきましょう。
肉質やわらかでジューシーな上州牛のすき焼き、そして「こんにゃく」の天ぷらもオススメです(こんにゃくの天ぷら、ここ以外で食べられる場所あるんでしょうか)。ここ磯部ガーデンでは、群馬県の食文化をたっぷり楽しむことができます。
そして京都の造園師さんに造ってもらったという中庭は、まさに風光明媚。やはりここにも雀のモチーフが隠れていて、探してみると楽しいです。
おちゅんグッズや温泉マークグッズは1Fにて販売中。どれも可愛くて、つい持ち歩きたくなってしまうものばかり!お土産コーナーをぐるっと見て回るだけでも面白いですよ。
公式サイト:http://www.isobesuzume.co.jp/
文・写真=市根井
モデル=さや